太陽の日差しが弱い北の港町に、私は産まれ育った。

画像: 母

この小さな港町で小さな美容室を営む母は、真ん中分けのボブヘアを流行りの茶色に染め、
ツイギーを真似てミニスカートを着こなす、モダンで自立した女性だった。
ご婦人たちの香水やらタバコやら大人のゴシップやらで溢れかえる、ここが私の遊び場。
明るく面倒見の良い母の元には、悩みや秘密を抱えたご婦人たちが訪れ、おかげで母は毎日大忙しだった。

画像: 父

外国船相手の貿易会社に勤める父は町でただ1人、流暢な英語を使いこなすインテリだった。人気のない灰色の埠頭にひっそりと佇む会社に、灰色の背広を着た父は毎朝8時きっかりに出社した。灰色の憂鬱な海に唯一、色が差すとき。真っ赤に沈んでいく夕日を眺めながら
「知ってるかい?この海の向こうにはいろんな国があるんだよ。いつか行ってみるといい」

そう私に話す父は実際、一度もこの海を越えたことはなかった。

画像: 伯母

伯母

仕事に忙しい父と母の代わりに私の面倒を見てくれたのが母の姉、私の伯母だった。
何故かホステスになるのが夢だった伯母は看護婦を辞め、念願のスナックを開いた。
お酒が強く議論好きで洋画とジャズを愛する伯母は、既婚者でありながら自由な恋愛観を持つ、かなりアクの強い変わり者だった。が、私の大好きな人だった。

画像: 夕美

夕美

夕日が美しいと書いて "夕美" ゆうみ、と名付けられた一人っ子の私は、個性の強い3人の影響を一身に受け、年齢よりも大人びた風変わりな少女へと成長していった。北の小さな港町に窮屈を覚えた18の秋、19の誕生日を迎える直前、私はニューヨークへ行くことにした。大事に育てられた一人娘はある日突然、箱から飛び出し"自由の国"アメリカへ。

「サヨナラ、ワタシ。」

結婚まで守るはずだった女の子の大切なものは、19歳の誕生日を迎えてすぐ、大学のクラスメイトにあっけなく奪われた。というか、私から追いかけて奪わせた。
恋愛は自分を映し出す鏡だ。恋愛をすることによって、自分ですら知らなかった自分の本性があからさまになることを、あの時初めて知った。

あれから月日は経ち、現在、私は40代。
いまだ独身で、いまだ色恋沙汰が絶えない私のことを、セレ子は "魔性の女" と呼ぶ。

「でもさ、姉たまって学習しないよね。男に関して」

そうなのだ。私は "恋愛をドライに謳歌してる" 風で "魔性の女" 風。
恋愛好きの恋愛ベタだ。経験は多いが失敗ばかり。永遠に学ばない女。
恋愛偏差値は恐ろしいほど低い。

ウッディー・アレンが言った。

"恋をすることは苦しむことだ。苦しみたくないなら、恋をしてはいけない。
でも、そうすると、恋をしていないということでまた苦しむことになる。"

どっちみち、苦しいのだ。
ならば、"恋をする" しかない。

ハッピーエンドのために恋するんじゃない。
恋することは、生きてる証だ。

恋愛のない人生なんか、生きるに値しない。
恋愛のない人生なんか、退屈で死んじゃう。

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