アイツを振り向かせたくて、私のものにしたくて、自分から望んで飛び込んだアイツの部屋。
厳しい親の監視から逃れて身も心もすっかり自由になった私は、今まで経験したことのない世界の扉を開けたくってしょうがなかった。

薄暗い部屋に入って間もなく、私は無言でアイツに抱きついた。私を部屋に入れることをあれだけ拒んでいたのが嘘だったかように、少しも動揺することもなく、アイツは強い力で私の身体を受けとめた。私の大胆な行動は、私が経験済みだと、きっとアイツに勘違いさせただろう。静まりかえったアイツの部屋。廊下で話している学生の笑い声に、自分の気持ちが見透かされてるような気がして、一瞬ドキッとした。

まるでこうなることが計画されていたかのように、不自然なことは何ひとつなく、アイツとワタシの時間は過ぎていった。クラスでいつもぶっきらぼうだったアイツが、大切そうにワタシの身体を扱い、優しくワタシにささやきかける。そのギャップの魔法に、ワタシの胸は甘い切なさで一杯になった。それにしても、女の扱いに慣れている。もしかして、最初から無関心を装い、部屋に入れることを拒むフリをして、ワタシを罠にかけたのかな?そんなのもう、どうでもいい。アイツの声と唇と指先がシンクロすると、ワタシの思考回路は全部溶けて、もう何も考えられなくなった。

さて、これからが本題。
いよいよ、未知との遭遇、初めての経験!
サヨナラ、バージン!

「やっぱり、ダメ!怖い!痛いのヤダ!」

いざとなって、ワタシは怖気づいてしまった。

「え!処女?」

あれだけ積極的にワタシの方からグイグイ言い寄って、ドタンバで、処女だからムリ!っていうのはまるで詐欺だけど、"経験したい気持ち"よりも、"苦痛の恐怖"の方が勝ってしまったのだ。意気地のない自分にしょげていると、

「処女に会ったの初めて!」

と、意外にも嬉しそうに興奮するアイツ。東京の有名高校に通っていたアイツは、悪いお坊っちゃん連中とつるんではケンカとナンパに明け暮れていた。女はヤッちゃってバイバイ。出会う女達も悪ガキより上手の、あと腐れのないタイプばっかりだったようだ。

「じゃあ、オレが初めての男になるんだ!」

"男は女の最初の恋人になりたがり、女は男の最後の恋人になりたがる…"と、誰かが言ってたけど、アイツの喜びっぷりを見ていたら、男側の話は本当らしい。結果、裏表なくド直球でアタックしていった北海道産の処女に、アイツの方がすっかり熱をあげてしまった。

出会ってまだ3ヶ月。
愛なんて信じてなかったアイツが、19歳になりたてのワタシにプロポーズした。

初めてのBFと、ジェリービーンズみたいに甘くてカラフルな日々。
巨大なポップコーンとコーラを片手に青春映画を見に行ったり、2人でふざけて洋服屋のフィッティングルームに入ったり、大学のダンスパーティーで踊ったり、車の中でラジオから流れてくるヒット曲を聞いたり、寮の部屋でデリバリーのラージサイズのピッザを、ワタシが2枚、アイツが4枚食べて、そのあと真っ赤なチェリーパイを頬張って、「甘いねー」って笑ったり。

2人の恋愛物語は、ワタシが思い描いていた以上にドラマティックだった。
ワタシが初めて好きになった男が、かなりの問題児だったことも含めて。

ある日、アイツの運転で隣町まで食事に行った帰り、はしゃいだアイツは高速道路で車を飛ばし過ぎてガードレールに激突。買って3日目のアイツの黄色いポンティアックは廃車になり、2人の名前は交通事故で新聞の隅っこに載った。その事故に動揺したアイツは、寮の部屋でワイルドターキーをラッパ飲み、酔って暴れだした。怖くなって部屋から逃げたワタシを探して、ひと晩中21階もある寮のドアというドアをすべて全力でノック。次の朝、アイツがエレベーターのドアにデカデカと書きなぐったワタシの名前が見つかり、ワタシは寮中で一躍有名になった。別れ話が出ようもんなら、「お前を殺して、俺も死ぬ!」と、大騒ぎ。アイツの通っていた有名高校から、ある事件をきっかけに退学となり、留学と称してこの学校に流れ着いたらしい…ということを、クラスメイトから後々聞いた。

だんだんとアイツはダメ男ぶりを発揮していったが、彼が異常というよりも、愛ゆえの異常なんだろう…と、ワタシは錯覚した。というか、初めての恋だったから、判断不可能だった。

判断不可能のまま、学校は冬休みに入り、2人はお互いの寮を出て一緒に住むことになった。2人の愛の巣はバーの2階。床も壁もボロボロの汚い部屋だった。部屋には満足していなかったが、初めての同棲という言葉にワタシはワクワクしていた。

トランクひとつずつ持って引っ越してきて間もなく、アイツはこれまでの罪滅ぼしのつもりか、ただ寒いニューヨークから抜け出したかったのか

「車でマイアミへ行こう!」

と、屈託のない笑顔で提案してきた。
提案というより、アイツはすでに決定していた。

「レンタカー、予約してきたから」

アイツの黄色いポンティアックは廃車になったので、レンタカー。
しかし、真冬のニューヨーク州から常夏のフロリダ州までどのくらいかかるんだろう…?

若さには悪い過去を瞬時に忘れさせるパワーがある。
この間、交通事故で救急車に乗ったばっかりなのに、そんなのすっかり忘れて、頭の中には眩しい太陽がさんさんと降り注ぐマイアミのビーチが広がっていった。

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