北海道から留学のため、ニューヨーク州の田舎町へ来たワタシ。
初めてのBF。初めてのプロポーズ。初めての同棲。初めてのBFとの旅行。全てが初めてづくしで、私の判断力は許容範囲を超えていた。なので、もうアレコレ考えるのはやめた。とにかく何でもやってみよう。ダメなアイツと付き合って、良いか悪いか、ちょっと度胸がついてしまった。

とっても寒いけど空が青くて気持ちのいい朝、アイツがアメ車をレンタルしてきた。2人の荷物を詰めたナイロンバックをバックシートに放り込んで、いざマイアミへ出発。マイアミまで何日間かかるとか、旅の詳細はまったくわからなかった。でも、サングラスをかけて無邪気にはしゃぐアイツを見ていたら、すべてうまくいくのかもな、ってそう思った。車のラジオから流れる、ホワイトスネイクやティファニーやジョージマイケルのヒットソング。くだらない冗談に大笑いするアイツ。両手でアイツの顔を引き寄せて、頬にたくさんキスをした。

日が暮れてワシントンD.C.に差しかかると、すでに凍っているハイウェイに粉雪が舞い、道路はツルツル。「わー!」タイヤが滑って車がスタントカーみたいに1回転半、派手にスピンして反対を向いて止まった。もし後ろから車が来ていたら正面衝突。この間の交通事故を思い出した。これから先の旅のトラブルを暗示しているみたいで、イヤな予感が走る。車をのろのろと走らせたどり着いたモーテルに、とりあえず泊まることにした。

次の朝、あいつの慌てた声。何かやらかしたらしい。

「カギ!!!」

アイツが車にカギをつけたままドアをロックしてしまったのだ。「もー!どうやって開けるの?」ワタシが呆れていると、そこにマイク・タイソンみたいなモーテルのスタッフが通りかかり「ちょっと待ちな」と言って、ワイヤーハンガーを片手に戻ってきた。そのハンガーを慣れた手つきで車の窓の隙間に突っ込んで、あっという間にカギを開けてしまった。「グレイト!サンキュー!」感激したけど、そのテクニックどこで学んだのか…。まあ、いいか。お金がもうなかったのでチップ代わりにオレンジを一個あげると、タイソンは迷惑そうに笑った。

モーテルを出発したあと新たな問題発覚。知らなかった。ニューヨーク州で作ったキャッシュカードが他の州で使えないなんて。360マイルも離れた土地で、金欠、ガス欠、宿無し、食事無し…の危機。アイツはもともとお金なんか持っていないから、ワタシの資金力だけが命綱なのに。アイツの思いつきの無計画な旅にくっついて来たことに本気で後悔し始めた。

ガス欠直前の車は物騒なスパニッシュエリアに突入。通りにギラギラした"ファーストキャッシュ"という看板を見つけた。個人小切手をここでは現金化してくれるらしい。手数料が高くつくけど、しょうがない。旅の"頼り"はもはやアイツじゃなくてこの怪しいファーストキャッシュだ。

現金ゲット、ガソリン満タン、後はマイアミへ一目散。南へハイウェイをぶっ飛ばした。

トータル2日かけてたどり着いたフロリダ州のマイアミは、一年中常夏のパラダイス。ビーチ沿いに真っピンクの安ホテルを見つけ、そこに何日か滞在することにした。それぞれ新品の水着に着替えて、さっそくビーチにかけて行った。アイツは仔犬みたいに海へ一直線。泳げない私は砂浜でココナッツオイルを塗りたくって日焼けの準備オッケー。真冬だなんて嘘みたいに熱く肌を刺す太陽の日射し。耳に心地よい波の音。ワタシを巻き込んだアイツの旅はここまで危なっかしい道のりだったけど、結果オーライ。眩しい太陽がアイツと私を明るく祝福しているようだった。

一日中太陽を浴びた体は痛いほど火照ってグッタリ。夜中トイレに起きて鏡に映った自分の顔を見て驚きのあまり声を上げた。そこに映っていたのは顔の凹凸を失った、例えて言うなら…ガッツ石松。真っ赤に腫れ上がった顔の別人がそこにいた。北国に生まれた私。こんなに太陽にさらされたのは一生で初めてだったのだ。

カサブタだらけの痛々しい顔で、気分が乗らないままマイアミでの数日が終わり、ニューヨークへ帰ることにした。通い慣れた怪しいスパニッシュエリアのファーストキャッシュでお金も確保して、帰る準備はできた。後は北へとまた車をぶっ飛ばすのみ。

移動距離の半分くらいの辺りで、やたらとすぐガス欠になるデカいだけのアメ車のガソリン補充だけで、もうお金が底をついてしまった。頼りのファーストキャッシュを探そうとしたが、教会の多い小さな町には怪しいスパニッシュエリアは見つからない。さすがにパニクったアイツは疲れと絶望のあまり、泣きながら車の外で吐いた。いざという時、弱くなるアイツに本気でガッカリした。

お母さんがくれたゴールドのネックレスを売ってお金にしようと、質屋がないか道端で白人のおじさんに尋ねた。教わった道をたどって着いたのは、ホームレスに食事や宿を提供する教会だった。他に行き場所のないワタシ達は、その晩そこで質素な夕食を頂き、不安なまま狭いベットで一夜を過ごした。

次の朝、教会の神父に紹介された銀行に助けを求めに行くと、支店長は小切手を受け取り個人的な厚意で見ず知らずのワタシ達に100ドル札を手渡してくれた。半ベソで何度もサンキューと繰り返し、100ドル札を握りしめ銀行を後にした。スーパーマーケットで1ドルの食パンを買って、残り99ドル分のガソリンでニューヨーク州のアパートまでたどり着かなければいけない。どこにも寄り道せず、車をひたすら飛ばし続けた。

やっと戻ってきた田舎町。こんなにもほっとしたことはない。まだ住み始めて4ヶ月しか経っていない町なのに、すでに自分のホームタウンになっていた。レンタカーへ車を戻し支払いの手続きをしていると、店員の顔がみるみる険しくなった。「走行距離オーバーにレンタル日数オーバー。ルール違反で罰金!」もう見慣れたバツの悪そうなアイツの顔。ルール違反をわかっていながら、自分勝手な判断で旅を続けたのだ。過去の悪行で親から信用されていないアイツは生活ギリギリの仕送りしか受けていなかった。一人っ子でタップリと仕送りを受けていたワタシがレンタル代とその罰金を支払うことに。

アイツと会話もなくアパートに戻ると、汚かった部屋はより汚く悲惨に見えた。その上、電気がつかない。アイツが電気の手続きを忘れた。トラブル続きの旅に身も心もヘトヘトに疲れはてて、真っ暗な部屋の中、アイツへの怒りは自分の感情の限界を超えていた。

BFができたからって、楽しいことばっかりじゃないんだ。
こんなに情けない気持ちになったのは初めてだった。

「最悪…」小さくつぶやいた。

もうアイツの顔も見たくなくて、キッチンにいって何気なく冷蔵庫を開けてみると、なぜか冷蔵庫だけは電気が通っていた。そして、真っ暗だった空間に冷蔵庫の扉から明るい光が差した。

扉を開けたままの冷蔵庫の前に椅子を置き座ってうなだれていると、アイツがワタシの目の前に何か差し出した。

「メリークリスマス」

冷蔵庫の光に照らされた、それは金色のリボンがあしらわれた大きな箱だった。

そうだ…今日クリスマスだ。

あまりにも悲惨なハプニング続きにそんなことすっかり忘れていた。
ビックリして箱を開けてみると、中には白いケーブル編みのセーターが入っていた。

「手編みのアルパカセーター。ペルー人の友達のお母さんが編んだんだ」

全く期待していなかったアイツからのプレゼント。
何が何だかもうよくわからなくなって、涙が溢れてきた。
真っ白で罪のない純粋なセーターの温もりが、アイツのこと許すしかないでしょ…とワタシに語りかけてきた。黒のオセロは最後、見事に真っ白にひっくり返った。
さっきまで不幸のどん底だったのに。
初めてのBFからのプレゼント。素直にとっても嬉しかった。

単純なワタシ…。

何事も無かったかのように、日焼けしたアイツの顔を両手でそっと包み込んで、唇にキスをした。

もう少し、アイツに付き合ってみようかな。
恋愛初心者のワタシ。
気のせいだろうけど。
冷蔵庫から差す光が、なんだか希望の光のように見えてきた。

END

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.