北海道の小さな港町の高校を卒業して、19歳になる直前にアメリカへ留学した私。
異国の地で、恋愛というものを初めて経験した。

19歳から23歳の間に、3人の男性。

手に負えないほど破天荒だった、カレ第1号。
安定感100点、でも退屈だった、カレ第2号。
そして、三度目の正直、カレ第3号。

「週末、うちでパーティーやるから来て!」

マキちゃんからの電話。

マキちゃんはお医者さまの娘で、英語学校に通いながらバンドでベースを弾いたり、気ままなニューヨーク生活を送っている私と同い年のお嬢さま。パーティーといっても、ビールとチップスがあるくらいのカジュアルなもので、ニューヨークではよくある光景だ。ビール1本ぐらい飲んで帰るか、っていうつもりでイーストビレッジのマキちゃんのアパートへ立ち寄った。

「こちら夕美ちゃん。最近、婚約したのよー」

着いて早々、マキちゃんが私のことを初対面の男性に紹介した。

そうなのだ。私はこの間、カレ第2号から婚約を意味する"モノ"をもらったばっかり。
カレ第2号が私の左手の薬指に、小さなダイヤが入ったリングをはめた。
「この人じゃない…」リングが呟く。
初めての婚約指輪。実はそんなに嬉しくなかった。

「こちらアキくん。カメラマンやってるの。ビールはバスタブの中に冷やしてあるから、勝手に飲んで!」

と、早口で言ったあと、マキちゃんはパタパタとキッチンへ入っていった。

「おめでとう」

初対面のアキくんが、私に言った。
ヒールを履いた私の背丈よりも大きなアキくんは、決してイケメンの部類じゃないけれど、気取ったところがない自然体が心地よい人だった。

「…え?」

聞こえないふりをして、聞き返した。

「婚約したんでしょ?おめでとう」

ナニ?婚約?誰が?

「婚約?してないよ!マキちゃんったら、勘違いしちゃって。あはははは~」

とっさに嘘をついた。
そして、大げさな笑みを浮かべながら、すーっと後ろに手を回してリングを抜き、ジャケットのポケットの中に突っ込んだ。

婚約って言ったって、口約束だもの。
カレ第2号が思い込んでるだけで、私は正式に承諾してないもん。
開き直ったとき、女は非情だ。

マキちゃんにちょこっと挨拶してすぐ帰るつもりだったパーティーに、結局3時間居座りアキくんとの会話を楽しんだ。次のデートのスケジュールも、もちろん決めた。

アキくんにすっかり夢中になった私。
2年くらい付き合っていたカレ第2号と別れて、アキくんとの交際をスタート。
と、同時に一緒に住み始めた。

東京出身のアキくんはアクのない、正直で裏表のない人。
人には騙されても、人を騙さないタイプ。

アキくんはニューヨークのあちこちで、私の写真を撮ってくれた。
セントラルパークやチャイナタウン、カフェ、ライブハウス、そしてベッドの上。
アキくんの前では身も心も裸のままの私でいられた。

アキくんとのニューヨークでの日々は平和で、嫌なことは何ひとつなかった。
日に日にアキくんへの思いが強くなり、好きで好きでたまらなくなった。
そして、生まれて初めて"結婚"という未知の世界を、自分と重ね合わせてみたりした。

アキくんの奥さん。夕美ちゃんの旦那さん。
お似合いのカップルだ。

「っていうか、幸せいっぱいだったじゃない。なんで別れたわけ?」

私の話に痺れを切らせたセレ子が聞いてきた。

「そーなのよ。幸せいっぱいだったんだけど…」

「アキくんに異常な性癖があった、とか?」

「違う」

「マザコン?」

「違う」

「DV?」

「ありえない!」

「じゃあ、何よ?」

「私の浮気…」

「はあああああ?だって、結婚したかったんでしょ?アキくんと。何でよ?」

ミスター破天荒のカレ第1号と、ミスター安定感のカレ第2号と付き合っている時は、一度も浮気なんてしたことはなかった。なのに、好きで好きで大好きで、生まれて初めて結婚したいと思ったアキくんに、私は不貞を働いた。それも、一度ではなく、何度も…。

「訳わかんないんですけどー」

呆れる、セレ子。

本人だって、訳がわかってない。

20代の私は、モテた。
生物学的にメスの生殖機能が最も健康で優れている時、繁殖を求めるオスが近寄ってくる…っていうか、単純に私は若くて可愛くて軽かった?

モテて調子に乗ってた、せいか。

アキくんのことを好きになっちゃって、好きになりすぎちゃって、そんな自分の初めての感情にビビった、せいか。

大学を卒業後、異国の地アメリカで仕事がそう簡単には見つからず、将来への焦りと不安でいっぱいだった、せいか。

大好きなアキくんが側にいたのに、あの頃の私はとても不安定だった。

若気の至り…なんて言葉じゃ許されないけれど、そういう表現しか思いつかない。

ある晩、バーで酔った私は前から私に気があった男友達のデイビッドにバスルームの中に引きずり込まれ、そのまま激しいキスをした。シャネルの口紅で真っ赤になったデイビッドの唇を私の指で拭って外に出ると、そこにはアキくんが立っていた。

アキくんの怒りと悲しみが混ざったような顔。

争い事のキライな(争うことを知らない)アキくんは、酔っているデイビッドから私を引き離し、黙って私を家に連れて帰った。

次の日も、その次の日も、アキくんは何事もなかったように穏やかだった。
裏切り者の私をアパートから追い出すこともせず、数ヶ月後に帰国が決まっている私と最後まで一緒にいてくれた上に、東京まで送ってきてくれた。

優しいアキくんは、不安定だった私の手を、別れの日まで離すことはなかった。

アキくんはニューヨークへ戻り、私は東京に残り、2人は終わった。

もちろん、私が振られた。

「なにさ、自業自得じゃない」

セレ子が言った。

自業自得。

あれから20数年。
愛に包まれた素敵な家庭を築いたアキくん。
いまだ独身の私。

アキくんには幸せになる資格がある。
私には幸せになる資格なんかない。

若い頃、私が犯した罪は色褪せないまま、"ツグナイ"という言葉に形を変えて、今でも私について回る。

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