一年前、私は銀座の老舗バーのカウンターでひとり、マティーニを飲んでいた。

私の胸を散々恋焦がしたあの人が、いつもオーダーしていたカクテル。
身に付けるものやライフスタイルの全てにこだわりを持った、どこを切り取っても隙のないあの人。

「NO.3ロンドン・ドライ・ジンを使ったマティーニが好きなんだ」

あの人と最後に会ったあの日から長いこと封印していたそのマティーニを、あの日オーダーしてみた。口の中に広がる華やかな苦さが、胸の奥にまだ残るくすぶりを呼び戻す。

「なんで私は失敗ばっかり繰り返すんだろう」

何度同じセリフを呟いたことか…。
恋愛に関して全く学習していない自分に呆れ果てて、そのオシャレなマティーニを焼酎のロックみたいにグビっと飲んだ。

「バカヤロウ」

もう、男なんて懲り懲りだ。

そこへ突然、普通のスーツを着た、普通の若い男が入ってきた。
かつて著名な文豪が通ったという銀座のバー。その重厚なムードにすっかり飲まれたその若い男は、バーを出て行く勇気もなくオドオドしながら私の隣に座った。
落ち着きのないその彼がなんだか可哀想で思わず声をかけたところから始まっちゃった、健太と私。

あの日から、20歳年下の健太との一年がスタートした。

20代の健太と40代の私。
冗談みたいな組み合わせだ。
将来?結婚?なんて発想は、ちゃんちゃらおかしい。
それに一年後、健太はドイツ赴任で日本から居なくなる予定。
どの道、一年がリミットのこのお付き合い。
かえって気楽なものだ。
ここは異文化交流ってことで、深いことは考えずにレッツゴー!

”もう、男なんては懲り懲り” だったはずなのに…。

新しモノ好きの私は、初めて出会った目新しいそのバイクに躊躇なく飛び乗った。
スピードを出しすぎてコケたら大ケガになるだろうことなんか、これっぽっちも考えずに。
一度走り出したらアクセル全開。
そういう恋しか、私には出来ない。

出会ってから健太は毎週末、私の家にやってきた。

小さい時から自炊していた健太は料理好きで、いつも私に手料理を振舞ってくれた。

私がNYで買ってきたXXLサイズのベビーピンクのTシャツを着て台所に立つ健太の大きな背中。初めて経験するそんな光景を、私は不思議な気持ちで眺めていた。

大量のラザニアや、バゲットを一本使ったサンドイッチ、ニンニクたっぷりのワカモレ、鳥の丸焼きに、お肉いっぱいの豚汁。
若い胃袋の欲望のまま、ズラリとテーブルに並んだエネルギッシュなメニュー。
若くない胃袋には、かなりハードだった。
ジジイがこっそりバイアグラを飲んでは若い女の前で絶倫なフリをする様に、私もこっそり胃薬を飲んではそのエネルギッシュなメニューに果敢に挑んだ。

ご飯を食べて、DVDで映画を見て、セックスして、眠りこける。
何も特別じゃないふたりの時間。

お互いの仕事の話、家族の話、友達の話、元カレ元カノの話。
この一年で私は健太の色々なことを知った。
私の色々なことも教えた。

いつの間にか、おはようとおやすみのチャットが当たり前になって、健太と会うことが私の週末の優先事項になった。それが重荷でもあり、待ち遠しくもあった。

20歳年下の男と付き合うとどうなるのか?
という新しい研究の実験みたいに健太と過ごして、来週でもう一年。
何かを積み重ねた感じはなく…
タイムマシンに乗って一瞬で未来に来ちゃったような、そんな感じだ。

スポーツマンだった健太のガッチリした背中に抱きついて、憎たらしいほどスベスベのほっぺにキスをした3日前のこと。

あれって現実だったのかな?

健太がいない空間にポツリとひとりでいると、健太と過ごした時間が全てウソだったように感じた。

「そういえば、ドイツ赴任って、どうなったの?」

「あーそれね。延期になった。まだ、とうぶん東京にいるよ」

「ふーん」

健太の返事に興味がないフリをしながら、私の心はパッと晴れやかになった。
期間限定の割り切った付き合い…。
と自分に言い聞かせながらも、健太が突然居なくなった自分の生活がどうなるんだろう?って、正直少しビビっていたのだ。

「ねーねー、来週で一周年だよ!どこか行く?何食べたい?」

「うーん…」

イマイチ反応の悪い健太。

「健太のスケジュールは?」

「その日、友達と飲み会」

そっか…。友達との約束を優先したんだ。
記念日なんて健太にはどうでもいいんだ。

そりゃそうだ…。
この1年間というもの毎週末、私との時間に費やしてくれた。
それで、もう充分じゃない。文句なんて言えない。

って、わかっているのに…。

「えー!特別な日なのに!」

あー、バカバカ。
余計なこと言っちゃった。
40過ぎの女が20代の男の子相手に、くだらない話ししちゃってさ。

「だって、前から決まってたから…」

私たちの一周年は、一年前から決まってたじゃないよ!
もう感情を抑えられずスネる、めんどくさい女の代表みたいな私。

「もーいい、好きに友達と遊んで来て」

そういえば、最近セックスも少なくなった。
一年経って、健太はもう私に飽きちゃったのか...?

to be continued...

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