「健太、セックスしない?」

「ん?セックス?」

「うん、セックス」

「今?」

短いやりとりで、健太にその気がないことがわかった。
健太は何も言わないことで、私に何かを発信していた。

私に飽きちゃった?

これってオンナが一番言っちゃいけない愚問。
それも40過ぎにもなったオンナが。
くだらないセリフが頭の中をグルグル回る。

一年間付き合ってきて、ただふたり寄り添うだけの安心感がセックスに勝ることもある。
ましてや、本当に飽きてたら…と思うと、最悪の質問だ。

分かっちゃいるけど、一度不安定に傾いた心はすぐには立て直せない。
いい歳して、不貞腐れているうちに涙が出てきた。

一年で終わるつもりのナンチャッテ恋愛に、不覚にものめり込んでいたのは私の方だった。

「私に飽きちゃった?」

あー言っちゃった。もーやだ。ホント、カッコ悪い。

「泣かないで。夕美ちゃんはすぐ泣く」

大人気ない私は感情任せにすぐ泣く。
男にとって私はイヤなタイプの女だろう。

「キライになった?」

「キライだったら、会いに来ないでしょ」

ごもっとも。

なのに、しつこく詰め寄る私。

「だって最近、ないじゃん」

いつも求められていた時は、どう上手く断るかに頭を悩ませていたのに。
今は求められていないことにクレームをつける。

最低。

「うーん」

健太が言葉に詰まる。

数秒経って、

「じゃあ…話そうか。ちゃんと話そう」

話す?はなし?ハナシって…

心の準備をしながら一瞬、別れ話しではないことを願った。

ベッドにふたり座って、じっと見つめ合う。
決心がついたように健太がハッキリとした口調で言った。

「前に付き合っていた彼女と、また戻りそうなんだ」

ひえー。その話題、なかなかのパンチ力。

健太には大学の頃から付き合っていて、結婚まで考えていた彼女がいた。
が、就職した彼女の海外赴任をきっかけに別れることになったのだ。

その半年後、健太と私は出会った。

「結婚しようと思ってる」

でた、結婚!

その彼女は今も海外に住んでいる。
なのに、いつ2人は盛り上がっちゃったのよ!?

「いつからそんな話になったの?」

「最近。本当に最近」

「そうなの…」

健太と彼女、嫌いで別れたわけじゃないもん。
5年も付き合っていて一度は結婚しようと決めた彼女が恋しがってきたら、喜んで健太は受け入れるだろう。
健太が一番願っていた形に、私の入り込む余地も、理由も、何も、ない。

もともと期間限定の関係だったはず。
20歳も年下の男の子だもん。難しい話は抜きにして楽しくやろう!
って思ってたハズがすっかり調子を外して、涙が止まらない。

「夕美ちゃん、これからどうする?」

初めて会った時みたいに、オドオドした顔で健太が言った。

どうするって…健太、結婚するじゃない。
混乱する私の頭の中に、三角の形がぽっかりと浮かんだ。

結婚なんてまっぴらごめん、自由奔放な恋愛を好む、風変わりだけど物分りが良い大人の夕美ちゃん。
それがこの一年で、健太が私に描いたイメージなのか…。

「へえ、突然でびっくりしたけど…良かったね!おめでとう!
でも、これからも変わらず仲良くやろうね!」

だって、もともと"結婚ナシ" "年の差アリ"の割り切った付き合いだもんね。
って、笑って関係続行。

それとも

「ふざけんな、テメー!とっとと出て行きやがれ!」

健太の頬に平手打ちをバーン!家から蹴り出すか。

健太からの突然の話に心の整理がつかないまま、いつの間にかウチにストックされていた健太のTシャツやパンツや靴下を紙袋に詰めると、思っていたよりも大きな荷物になって、ちょっと驚いた。

玄関で見慣れた黒いスニーカーを履く健太。

外は悲劇を絵に描いたようなザンザン降り。今の2人にぴったりの演出だ。

大きな紙袋を抱えて、健太が最後に言った。

「もう、夕美ちゃんに会えないの?」

「バッカじゃないの!」

妹分のゲイのセレ子が叫んだ。

予想以上に取り乱した心を自分じゃ収められず、セレ子を代官山のカフェに呼び出したのだ。

「クソガキに利用されて!
それって、ただの都合のいいオンナってことじゃない!
もう2度と会わないで!指一本触れさせちゃダメよ!!
このままじゃ姐たまが損するだけでしょ!!!」

健太が私を利用したのか?
私が健太を利用したのか?

「まさか、また会おうなんて思ってないでしょうね!?」

セレ子がオシャレな眼鏡越しに、私をギロッと睨みつけた。

「これからどうするつもり?」

答えに詰まっている私に呆れて、

「会うの?会わないの?どっち?」

私の答えを待たずに、セレ子が吐き出すように言った。

「姐たま、ハッキリ言っとくけど、ふたりに未来なんてないわよ!」

フタリノ、ミライ…。

ふたりに未来なんてないことぐらい知っている。


長い間放置していた親知らずが暴れ出して、あさって抜くことになった。
痛いことが大嫌いな私は、親知らずとの別れを決心するのに20年間もかかった。
先生の話によると、抜歯後、傷が治って全て元どおりになるまで3ヶ月らしい。

健太とのことも同じだ。
今終わらせてしまえば、3ヶ月後にはお互い出会う前の生活に戻るだろう。
終わらせるまでの不安と、一瞬の痛みに耐えさえすればいいんだ。


ズルい健太とグズな私に怒りまくって、アイスコーヒーをイッキするセレ子。

来週末、健太がまた私の家に来ることを、私はセレ子に黙っていた。


『命ミジカシ、恋セヨ乙女』
1st season

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